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as@ling

2011-03-23

「知っている」の否定はなぜ「知らない」か

06:58

少し前にしたツイートについてちょっと拡大版のメモをしておきます。

普通、「〜ている」の否定はもちろん「〜ていない」なのですが、「知っている」は例外で、「知っていない」という形式は限られた文脈でしか使えず、通常は「知らない」が使われます。

これはなぜか。ひとつの可能なアプローチは「知らない」の意味があくまで構成的であると考えて、「知る」(など)に適切な意味記述を与える路線です。しかし、ここで考えてみたいのは、「知らない」は語彙化しており、構成的ではない、という可能性です。

通言語的に考えると、この路線には説得力があるように思います。韓国語には「知らない」に相当する moluta という語彙があるし(歴史的には mos + alta「不可能+知る」に由来しているんでしたっけ?)、宮古島方言にも「知らない」という意味の否定形しかない動詞があります (ssain)。英語の I don't know も発音が極端に簡略化され、ヘッジ表現のような意味変化も遂げていることは Bybee が指摘していますし、フランス語の Je (ne) sais pas も激しく縮約した発音があるんだった気がします(自信なし)。このように考えると、「知らない」は語彙的である、という説は一見、しょっぱなから言語現象の一般化を放棄しているように見えて、じつは通言語的な一般化に沿っている可能性があります。

なぜ「知らない」が語彙化しやすいのか、に関しては、語用論的な説明が成り立つような気がします。というのは、「知ってる?」という質問には普通 Grice の会話の公理が働いて「知っているなら教えてくれ」という含意が生じ、知っているならその内容を答えることが期待されます。そのせいで、「知っている」と発言する必要がある場面というのは、「知らない」と発言する場面よりも少なくなるのではないかと。そして語彙化を引き起こす原因として(その構成要素よりも)高頻度で用いられる、という条件が指摘されていることと考え合わせれば、なぜ「知らない」が語彙化しやすいか説明がつきます。

ただしこのストーリーで一点すっ飛ばしてる気がする問題点は、他言語の「知らない」の例は音韻的な変化と取れそうなのに対して、「知らない」は「知っていない」の音韻的縮約とは考えられず、もともと意味がちがう別の形態であるという点です。音韻的縮約をする代わりに、意味がちょっとずれてるけど他の短い形式を借りてくる、などという現象は一般的にあるのでしょうかねえ。

あるいはテイル形の発達とともに「知る」は「知っている」に置き換わったが、頻度の高い「知らない」は、より長ったらしい「知っていない」への変化に抵抗しつづけた、とかいうストーリーもありなんでしょうか? そのあたりは日本語史に疎いのでよく分かりません…。

ゲスト



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