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2009-11-25

初鹿野阿れ, 熊取谷哲夫, 藤森弘子(1996)「不満表明ストラテジーの使用傾向: 日本語母語話者と日本語学習者の比較」『日本語教育』88: 128–39

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2007年に書いたレポート。いま読めば赤面ものでしかないが,初鹿野ほかの分析がよく分らなかったのはいま読めばまた違うのだろうか?

要約

 初鹿野ほか(1996)では、日本語母語話者(以下NS; Native Speaker)と日本語学習者(以下NNS; Non-Native Speaker)の不満表明行為を比較するために、談話完成テスト(以下DCT; Discourse Completion Test)をもちいて調査がされ、その分析から日本語での不満表明行為を表出する際のストラテジーには一定の型があること、またNNSはもちいる型に幅があることが示されている。

 不満を表明する言語行動は、母語話者にとっても難しい行為であるが、言語学習者ではその負担はさらに大きく、母語話者を相手にしたコミュニケーションにおいてこの能力を得ることは円滑なコミュニケーションをなすうえで重要である。しかし、日本語話者の不満表明行為については全くといってよいほどなされてこなかった。

 そこで、多様な背景を持つNSとNNS(中上級者)について、複数の対人の場面で⑴不満を感じるか、また感じた際の行動を尋ね、⑵相手に不満を直接言う場合、なんと言うかというDCTを行った。場面には病院の待合室で煙草を吸う隣人に対して、待ち合せに遅れた友人に対して(初めての遅刻/再度)など8場面があった。

 不満表明行為の特徴は、⑴話し手が聞き手に対して抱く行動期待があり、⑵話し手は行動期待に反している状況を好ましくなく考えており、⑵話し手は聞き手が行動期待に反したがために好ましくない状況に陥ったと考え、⑶話し手はこの認識をなんらかの手段で聞き手に伝えたい、という点にある。ここでは特に、言語行動によってどのように表明するか、その表現上のストラテジーDCTの結果に基づいて分析した。

 この表現上のストラテジーについて、11に分類した。すなわち、①改善を求める(a直接・b間接・c相手が破った行動期待の提示)、②命題を示す(a行為や状況の提示・b結果の提示・c暗示)、③原因の問いかけ、④確認、⑤警告や非難、⑥代償の要求、⑦感情の表出である。①や②における下位分類は、aからcに向かってより間接的・暗示的である。

 NSとNNSの全体的傾向を比較したとき、NSの特徴として②-aや③が多く用いられること、NNSの特徴として①-cや②-b、②-cが多く用いられることがあげられる。このような差異から、NNSのほうが①や②のストラテジーをとるときに間接的・暗示的ないい方を多用する傾向にあるといえる。また、NSはNNSよりも③を多用する傾向もうかがわれた。

 場面ごとにストラテジーの傾向を比較すると、NSが①-aや②-aを選択する傾向がある場面で、対照的にNNSが②-cを選択する傾向がみられた。しかし、場面によっては、NSもNNSも選択するストラテジーがほぼ同じであったり、あるいはNSが②-cを選び、NNSが①-aや②-aを選んだり、NNSも①-aや②-aを選ぶもののほかの選択肢も選ばれたりすることもみられた。

 不満表明行為は、単一あるいは複数のストラテジーの組合せによってなりたつ。試験ごとのストラテジーの連鎖を分析すると、NSが使用するストラテジーの連鎖が三つの型に集中し(70%)、NNSの結果がNSの結果よりかなり分散し、連鎖型にバリエーションが多いことが明らかとなった。バリエーション度(全連鎖型/データ数)によって比較すると、ほぼすべての場面でNSはいくつかの連鎖型に集中すること、NNSのほうがバリエーションが多いことが裏付けられた。

 以上の結果により、⑴ストラテジーの使用傾向は全体的に類似しているが、NNSには、より間接的、より暗示的なストラテジーを用いる傾向があり、NSには好ましくない事態を起こした原因・理由を問うストラテジーを用いる傾向があり、⑵ストラテジーの連鎖型では、NSの用いたストラテジーの連鎖はいくつかの連鎖型にあつまる一方、NNSの用いた連鎖はバリエーションが多かったことがいえる。これらより、特定の場面でのストラテジーの組合せが典型化していることが示唆される。

感想

 不満を述べることはむつかしい。まして、自由のきかない言語であれば、気の利かし方一つとっても気をもむのである。簡単な会話集では記載がないことも多いようである。

 このことについて思いだすことがある。amazon.comには、Market Priceなる古書店仲介サービスがある。今春、書籍を1部そこで註文したのであるが、なにをどう手間取ったのか、2か月ほどしても届かなかった。初めての註文で不安になったため、その古書店に問い合わせることにした。その答えは、amazon.comが把握しているのでその古書店では現在地はわかりかねる、もし標準の許容配達期限である発送から12週間の時点が過ぎても届かないようであれば、もう一度聯絡せよとのことであった。発送から12週間たっても来ず、13週間たっても来ないため、再度問い合わせると、詫びとともに返金までされたのである(該書は、このやり取りの2週間後に何事もなかったのように到着した)。amazon.comとそのパートナーの問題で、古書店によって返金されることが当然とは考えていなかったため、筆者は2度目の問い合わせの際、こう書いたのだった——I am not considering reimbursement now, but I strongly request Amazon or you to make the order arrived。いま見返せばつたないだけの英文であるが、日本語で書けば次のようになっただろう——「御返金をもとめはいたしませんが、(amazon社または貴社には、)かならず註文の商品をお届けくださいますようお願いもうしあげます」。

 回りくどかったが、上のような不満表明は日本ではさほど強く出たようには聞こえないだろうが、アメリカ合衆国ではそうではないかもしれないということである。初鹿野ほか(1996)は日本語での不満表明についての研究であり、上で述べた思いでに示唆を与えるものではないが、相手に自分が表明した不満がどのように伝わるのか想像しきれない怖さが、間接的な不満表明へと言語学習者を導いたと考えることを助ける経験ではあったろう。

 初鹿野ほか(1996)で気になるのは、比較についてである。大筋は疑うことはないとしても、たとえば、「……NNSも①-aと②-aを多く使用しているが、その割合はNSほどではなく……」(p. 134)と述べるが、表3を見て、場面7のNSとNNSの②-aの使用頻度に2%の開きしかないのを見ると、統計的にはとても有意であるまいと感じる。また、p. 135ではストラテジー連鎖型の使用傾向を比較しているが、NSの使用傾向が上位3類型を足して70%とするのに対し、NNSについては1位のものが30%しか占めないと述べる。しかし、NSでもっとも多く使われた①-aについても三十数%とおそらく統計的に有意な差はなく、なぜNNSについても上位3類型に集中しているといえないのかあきらかでない。また、例8を⑦・⑦・②-cの連鎖とするが、なぜ⑦・②-cと別にしなければならないのか、など瑣末かもしれないが、不分明なところが多かったように感じる。表3のゴシック体の意味がとくに説明されていないことや、発話行為に至らない不満表明などをどのように扱ったのかが全く不明であることなどから、筆者が分析とデータとを照合しようとしたときに感じた困難は、欠点であると断じてよいように思う。

 とはいえ、NSが、相手がしている好ましくない行為や相手によって引き起こされた好ましくない状況を述べることで、不満を伝えようとしていると数値として示されたのは十分に興味深いことであろう。たとえば、足を踏まれて、「ちょっと足を動かしてくださるとありがたいのですが」(①-b)や「痛いのです」(②-b)と述べることはあまりないだろう。NSが③を好むことを併せ考えても、相手がなにをしているために、発話者の気分を損ねているのか認識させ、改善を求めるというように心理的なストラテジーをとることが多いと言えるのではないかと考えた。

 初鹿野ほか(1996)は、厳密さにおいてやや欠くところなしとせざるも、言語行動研究において模範的な論文であることは疑われないように思われる。筆者が今後このような調査に携わる機会を得るかはわからないが、もしあれば、結論の鮮やかさがかくのごときレベルに達するような調査研究をなしたいものである。

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