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scriptus ante-scriptus

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2011-05-05

上田万年「促音考」

23:33 | はてなブックマーク - 上田万年「促音考」 - scriptus ante-scriptus

上田萬年 促音考 - 国語史資料の連関 - 国語史グループを訳しました(近代デジタルライブラリー書影をもとに直した箇所もありますが,ほとんど訳には出てきません)。この考察に元ネタがあるのかどうか——すなはち,上田の研究にかかるのかどうか,あまり調べてません。管見のかぎり,「P音考」のごとく,大槻やチェンバレンに習ったところはそんなになささうです(大槻は『広日本文典』『同別記』,チェンバレン口語文典しか調べてませんが)。ほかのひとによってゐたり,調べもれがないとは言はないのですが。

このやうな説は,ローマ字表記にはほとんど影響を及ぼさなかったといへますが,促音の解釈について,現代においても根強い解釈のひとつ——モーラ音素——の源流のひとつなのかもしれないな,と思ひます。

その論においては,入声と促音が区別できてゐないやうなところ(之を語源的にいへば、前のシラブルの子音は、後のシラブルのかしらの子音と、同音ならでも可なるものなれば、必しも同音に書くいはれなければなり)もあり,サ行音の促音を二次的なものとするのも疑ひなしとしません。この「二次的」な促音は'を使ふべきとしてゐないのに,文章の後段ではそれを忘れてしまってゐるのもへんなはなしです。実例を検討したところも,たぶん用語の使ひかたがぜんぜん違ふからなんでせうけど,意味がよく分りません。有坂でも読めば分るのだらうか(まへとかあととか,指示がはっきりしないのでやめてほしいのだけれど)。

けっきょく,各論に見るべきところはとくにありませんが,個人的な興味で訳してみるものです。


促音については、これまでの文典にあれこれ説明したるものがあるが、その要点を得たものはほとんどないがごとくである。なかには促音といふひとつの独立な音があって、その独立した音の記号に、ツの音を宛てたものと論ずるものもゐるが、それはたいへんなあやまりといふものだらう。促音とはたんに母音がつまることであって、その母音がつまるのは、母音が発せられるのと同時に、口腔のなかの軟口蓋・歯茎・唇のうちのどれかで*1、閉鎖が起り、呼気が一時停止することによる。たとへば国家(軟口蓋の閉鎖)薩埵(歯茎の閉鎖)立派(唇の閉鎖)におけるものを見よ。しかし、のちには熱心・一切などのやうな、閉鎖を作りはしない、いはゆる摩擦的といふ種類のものも用ゐられるやうになったが、これは二次的なものとみてよい。

さて、この促音を表記するにあたって、ふるくからさまざまに行はれてきたが、どれも利・不利あって、ひとまづ、こんにち一般的なツの字をちいさく横に寄せて書くものが至便のやうに思はれる。すなはち、こッか、さッた、ねッしん、いッさいなどのごとく。また、本来の促音については、ローマ字で書くときは、ko'ka, ri'pa, sa'taと書くのがよい。イギリスふうに、Kokka, Satta, rippaと書いてしまふと、あたかもまへの音節の[最後の]子音が発音されるやうで、あやまりである。これを語源から考へれば、まへの子音は、後ろの音節の頭の子音とおなじでなくともよく、同音に書く理由がないからである。それに対し、二次的な摩擦音の促音には、nes-shin, isa-saiと書くのがよい。これは、まへの音節の子音が、あきらかに発音されるものだからである。

この促音が上代より日本語にあるものかどうか、そしてなかったとするならば、漢学の影響で生じたものであるかどうか、といふことはここでは別の問題として、他日に期し、実例からその性質を見当し、二種類の促音が認められた。

第一 P(H) T K R Sなどの子音が、アクセントのない母音とともに、P(H) T K Sではじまる音節のまへに来るとき、まへのP(H) T K R Sなどは、おほく、つづくP T K Sによって同化し、ために、ひとつまへの音節母音を促音にして、消えるとき。

 例

もちてmo-ti(chi)-temot-temo'teもツて
いきてi-ki-teit-tei'teいッて
よりyo-ri-teyot-teyo'teよッて
一杯いちはいi-ti(chi)p(h)aiip-paii'paiいッぱい
国家こくかko-ku-kakok-kako'kaこッか
合戦かふせんka-fu-senkas-sen——かッせん
尻尾しりをsi-ri-p(w)osi-posi'poしッぽ

第二 P T K Sなどの、まへの音節にアクセントがあるために促音が生じるとき。このとき、まへの音節は変化しない。

 例

頚引kubi-hikikubi'pikiくびッぴき
目かちme-kachime'kachiめッかち
目くそme-kusome'kusoめッくそ
耳くそmimi-kusomimi'kusoみゝッくそ
水鼻midsu-hanamidsu'panaみづッぱな
無手法mu-te-homute'poむてッぽう
そとso-toso'toそッと
さきsa-kisa'kiさッき
きくりsa-ku-risha'kuriしやッくり
しらこshi-ra-koshira'koしらッこ
下腹shita-harashita'paraしたッぱら
見ともなしmi-to-mo-nashimi'tomonaiみッともない
真黒ma-kuroma'kuroまッくろ
真青ma-awomas'sawoまッさを
真赤ma-akama'kaまッか
真白ma-shiroma'shiroまッしろ
真平ma-hirama'piraまッぴら
真直ma-sugumas'sugu*2まッすぐ

*1:原文では喉,舌,唇だが,直した(軟口蓋も舌で閉鎖を作るので)。

*2:ママ

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