Hatena::Grouplinguistics

scriptus ante-scriptus

2014-01-06

歴史的仮名遣批判の基礎知識

| 10:47 | はてなブックマーク - 歴史的仮名遣批判の基礎知識 - scriptus ante-scriptus

もしわたしの後輩(学部3年でも修士1年でも)が「歴史的仮名遣卒論/修論を書きたいんです」と言ってきたら,わたしはつぎの本と論文のリストを渡して「分らないところがあったら聞いてね」と言って済ますだらう。かれ/かのぢょが歴史的仮名遣批判的であらうとなからうと*1

  • 福嶋直恭2008,書記言語としての「日本語」の誕生: その存在を問い直す,笠間書院
  • 長谷川千秋2016,『和字正濫鈔』は仮名遣書か,国語文字史の研究15,xx–xx

Enlarged in 15 July 2016

基礎知識を得たいからには上記の本くらゐ当然読みこなしていただきたいので,以下に書くはなしは基礎知識の前知識としか言へないものである。

歴史的仮名遣根拠

歴史的仮名遣は,かつてそれをもって表記されたことのない体系である。山内1979は,歴史的仮名遣のもとめる表記のしわけと完全に合致する時代の絶えてなかったことを示し,「古典かなづかい(引用者注歴史的仮名遣のこと)とは,契沖以下の諸学者が「いろは」四十七個の「かな」をもって,八・九世紀の万葉がな文献の用字法を整理してえたところの虚構である」と結論する。

山内1979では,歴史的仮名遣の表記のしわけの体系をつぎのごとくまとめる。

  1. /e/と/ye/は統合してゐる
  2. 語中尾の/p/は/w/になってゐない
  3. /o/と/wo/を区別する
  4. /i/と/wi/を区別する
  5. /ye/と/we/を区別する

しかるに,これは「いろは歌」になら存在する体系である。いろは歌は,「いろは歌成立当時の音韻を網羅したもの」ともいはれるが,濁音も含まないそれは,「当時通用のかなを網羅したもの」といふべきである(馬渕1971*2)。

歴史的仮名遣の歴史的背景

歴史的仮名遣成立の背景に,万葉集の研究を進めるなかでその仮名用法に条理を発見したことだけではなく,契沖のいろは歌と五十音図への傾倒のあったこと,諸家の指摘するごとくである(山内1979,迫野2005,釘貫2007)*3。その条理を契沖の書いたごとく表記の差と意味の差を直結させて考へるか(永山1943,迫野2005など),過去の音を聞いてゐたのか(釘貫2007)は,当面問題ない。契沖にとっては聖なる言葉である梵語に基づいた五十音図に日本語の「音」がすべて収ることがとても神聖なことであって,いろははその「音」をもとに空海が作ったものだから神聖であって,それ以上の複雑なものが上代語にあったとは思ひもよらなかったのではないか。

なにはともあれ,歴史的仮名遣はいろは歌といふ仮名尽しのひとつひとつの使ひわけといふ枠が最初にあったことは見ておくべきである。そしてそれは宣長以降も維持されたままであった。その間,たとへば上代の仮名の研究をした石塚龍麿,ヤ行の江とア行のエとが異なることを示した奥村栄実など,いろはの枠を打ち破ってそれまでより「本来的」な仮名遣にする機会はあったにもかかはらずである(築島1986)。

いろはの枠組みが続いた理由は,石塚や奥村の研究がひろく知られなかったことも大きいが,これは,五十音図を奉じる機運が和学者のあひだで高まり,ヤ行のイやワ行のウを(そしてヤ行のエも),存在を確認できたからではなく,五十音図に穴があるはずもないからといふだけで,創作してしまったことによる。これを音義派と呼ぶが,明治初年,音義派を葬ると同時に明治政府の採用する仮名遣としては,いろはの枠組みで行くことが宣言されてしまった(古田1978)*4

それ以後,大矢透があらためてヤ行の江とア行のエの差を立証するが,すでに表音化するかそのままでゆくかで大議論となってゐた国語教育界で歴史的仮名遣の拡張など考へられもせず*5,だから橋本進吉石塚龍麿を知ってからもいはゆる上代特殊仮名遣歴史的仮名遣に適用する機運などありもしなかった。

このやうな歴史的背景のもとに歴史的仮名遣は成り立ってゐるのである。

余談

歴史的仮名遣は例外がすくないといふのも広く行き渡ってゐる信念であるが,そりゃあ「語」本来の表記に従ふといふルールを立てた時点でルールのなかに例外を立てるところはないのである。それをもって覚えることがすくないといふのは,だから,あやまりだ。山田・小島・山田1943の山田孝雄の序,山田忠雄の補記を見れば,覚えることのひとかたならぬことなど明白である。

「覚えること」とはなにかといふに,ひとことでいへば現代のことばと乖離したところだと思ふ。それは音韻であったり,形態論morphologyであったりの変化によって引き起こされ,「直感的に」理解しがたいものを生む。だから現代仮名遣いの「お」の長音表記の例外はおとなになっても間違へるのだし,歴史的仮名遣と現代仮名遣いが一致してゐるところでも,育った方言によっては,たとへばじ・ぢ・ず・づのいはゆる四つ仮名を区別しない方言で育ったひとには,口語体の文章を書くのにそのよっつを誤りやすいといふことが知られてゐる(とはいへ,そこまで統合の進んでゐない,たとへばじとぢ,ずとづを区別しない——日本語のかなりの——方言でも,どちらを書いてよいか分らなくなることがあるのは,ふるくに『蜆縮涼鼓集』のあったことから明らかである)。

明治国語学者のゆめは,ひとつの方言にかたよらない標準語を作ることだった。それが現実のものにならなかったことは言ふまでもないけれど,だからといって,表記を権威方言たる東京方言に表音的なものにせしむるほど,その他の方言には脅威ともなる。たとへば合拗音表記の廃止がその残る方言における弱化を早めたらしいことはつとに知られるし,その意味で,表記がひとつの方言にかたよるのは好ましくないのである。屋名池2008の見解も,似たやうな文脈から理解されるべきである。まあ,革新の進む方言の邪魔をするのも保守的表記なのではあるが。

*1:題名は,なので,ちょっとキャッチーにしたかっただけですごめんなさい石を投げないで。

*2:山内1979はヤ行のエのないことを不審とするが,いろは仮名にはア行のエがないのであるから,問題ではない。矢田勉1995/2012,平仮名書きいろは歌の成立と展開(原題「いろは歌書写の平仮名字体」,国語文字・表記史の研究,汲古書院)参照。

*3:なほ,馬渕1959は「儒学復古主義によって端的にあらわされている時代精神が,契沖をして,古文献に基礎をおくかなづかいを発見せしめた」と述べる。

*4:ここに亀井孝のいふ「明治欽定仮名遣」の姿を見ることは難しいことではない。亀井孝1973,契沖かなづかい雑記,契沖全集月報5。なほ,欽定の意味が分らないひとがゐるみたいだが,いふまでもなく政府の権威がなければひろまらなかったといふ揶揄である。

*5:いまの目からは奇妙かもしれないが,当時にあっては国語国字問題はそのまま国語教育の問題だった。

ゲスト



トラックバック - http://linguistics.g.hatena.ne.jp/karpa/20140106